年賀状について
年賀状を凝りだしたのは、父親の影響だと思います。
父親は若かりし頃から全編版画の年賀状を作成していたのです。
昔は、一枚一枚インキをつけて年賀はがきに刷り込むといった手作業。僕が物心ついた時には、一枚原画を作って、後は印刷屋に頼んで大量生産していました。
そんな父親の影響を受けつつ、一応IT業界に席を置く自分を表現する為に、パソコンを駆使して年賀状を作成することに命を懸けることになりました。
ここに年賀状創作ギャラリーを勝手ながら臨時開設いたします。
1998年 トラ年

初めてプリンタを買って市販の年賀状イラストデータ集を使って作った記念すべき処女作。1枚目は今の奥様に送りました。普通の年賀状です。。
【Photoshop】
1999年 ウサギ年

その時まで友達に呼ばれてたニックネームを整理したくて作ってみました。27年間の自分のニックネームの歴史を棒グラフにしています。友達から意味が分からないと言われました。自己チュー年賀状がここからスタートしました。自分の中では今でも最高傑作と思っています。ちなみに「おったん」と呼んでいたのは姪っ子で今ではもう小学生。さすがにもう「おったん」とは呼びません。
【PowerPoint】
2000年 タツ年
喪中のため年賀状出せず。
2001年 ヘビ年

所帯を持って初めての年賀状です。
よくある「結婚しました」はがきに、ささやかなる抵抗を示した作品です。
ただ単に婚姻届をスキャンした上から文字をかぶせただけと思われてシャクでしたが、全部データを書き落としているので、制作に要した時間は後にも先にも一番で群を抜いています。「夫になれた人」、「妻になってしまった人」という項目の改変にまで気づいた方は恐らくいなかったでしょう。。でも似顔絵イラストは友人のスイリンに書いてもらったのをパクっているので純粋にオリジナルではありません。
この頃は、奥様は恥ずかしくて友達専用にしていました。目上の人や仕事関係には奥様専用の年賀状を送っておられました。
【Photoshop、Flash】
2002年 ウマ年

よくある「子供が産まれました」はがきに、ささやかなる抵抗を示した作品です。前年に憧れのマイホームを建てて地図としての機能も果たしたかったのですが、地図として使ってくれたのは1家族だけでした。
今のきみちゃんは3代目で、この年賀状のきみちゃんは初代のきみちゃんです。初代きみちゃんは神経質でよく噛まれました。でも死んだ日のことは昨日のことのように思い出します。その時、二人で泣いたのを最後に今まで二人で同時に泣いたことはありません。。。
この年から奥様も全員に同じ年賀状を送るようになりました。ほのぼのバージョンだったので。
【Photoshop、Flash】
2003年 ヒツジ年

初めてイラストレータを使用した作品です。ザ・ネンガジョンのロゴを作る為に、会社に派遣できてもらっているデザイナーのセコちゃんに「ザ・テレビジョン」のロゴをトレースしてもらい、自ら見様見真似でロゴ作成から始めました。写真は奥様のお父様に撮影してもらいました。少々恥ずかしかったです。
今まででもっともインパクトがあったらしく、沢山の方から絶賛の声をいただき、調子に乗ると同時にプレッシャーを感じてしまうようになった作品です。
【Illustrator】
2004年 サル年

前年がインパクト勝負であったことから、地味に抑えないと小林幸子みたに飽きられると夫婦で相談した結果、来年はサル年であることを念頭に6月位にはイメージを固めた作品です。
地味ですが、深〜いメッセージを込めた作品として自画自賛しています。
【Photoshop】
2005年 トリ年

隔年でわびさびをつける為、今年はインパクトで勝負と思い夫婦で構想を練った作品です。もちろん、トリ年がモチーフです。ポテトの袋を作ったりと新たな手法を取り入れていますが、既存のチラシに画像処理して乗せただけと思われてちょっと残念でした。でも、好物のケンタッキーフライドチキンを1年に2回も食べることができて(1回は誕生日)僕的には幸せでした。
【Photoshop、Illustrator】
2006年 イヌ年
まだなにも考えていませんが、そのうち夫婦の共通の問題として議題に上がるでしょう!
父親は若かりし頃から全編版画の年賀状を作成していたのです。
昔は、一枚一枚インキをつけて年賀はがきに刷り込むといった手作業。僕が物心ついた時には、一枚原画を作って、後は印刷屋に頼んで大量生産していました。
そんな父親の影響を受けつつ、一応IT業界に席を置く自分を表現する為に、パソコンを駆使して年賀状を作成することに命を懸けることになりました。
ここに年賀状創作ギャラリーを勝手ながら臨時開設いたします。
1998年 トラ年

初めてプリンタを買って市販の年賀状イラストデータ集を使って作った記念すべき処女作。1枚目は今の奥様に送りました。普通の年賀状です。。
【Photoshop】
1999年 ウサギ年

その時まで友達に呼ばれてたニックネームを整理したくて作ってみました。27年間の自分のニックネームの歴史を棒グラフにしています。友達から意味が分からないと言われました。自己チュー年賀状がここからスタートしました。自分の中では今でも最高傑作と思っています。ちなみに「おったん」と呼んでいたのは姪っ子で今ではもう小学生。さすがにもう「おったん」とは呼びません。
【PowerPoint】
2000年 タツ年
喪中のため年賀状出せず。
2001年 ヘビ年

所帯を持って初めての年賀状です。
よくある「結婚しました」はがきに、ささやかなる抵抗を示した作品です。
ただ単に婚姻届をスキャンした上から文字をかぶせただけと思われてシャクでしたが、全部データを書き落としているので、制作に要した時間は後にも先にも一番で群を抜いています。「夫になれた人」、「妻になってしまった人」という項目の改変にまで気づいた方は恐らくいなかったでしょう。。でも似顔絵イラストは友人のスイリンに書いてもらったのをパクっているので純粋にオリジナルではありません。
この頃は、奥様は恥ずかしくて友達専用にしていました。目上の人や仕事関係には奥様専用の年賀状を送っておられました。
【Photoshop、Flash】
2002年 ウマ年

よくある「子供が産まれました」はがきに、ささやかなる抵抗を示した作品です。前年に憧れのマイホームを建てて地図としての機能も果たしたかったのですが、地図として使ってくれたのは1家族だけでした。
今のきみちゃんは3代目で、この年賀状のきみちゃんは初代のきみちゃんです。初代きみちゃんは神経質でよく噛まれました。でも死んだ日のことは昨日のことのように思い出します。その時、二人で泣いたのを最後に今まで二人で同時に泣いたことはありません。。。
この年から奥様も全員に同じ年賀状を送るようになりました。ほのぼのバージョンだったので。
【Photoshop、Flash】
2003年 ヒツジ年

初めてイラストレータを使用した作品です。ザ・ネンガジョンのロゴを作る為に、会社に派遣できてもらっているデザイナーのセコちゃんに「ザ・テレビジョン」のロゴをトレースしてもらい、自ら見様見真似でロゴ作成から始めました。写真は奥様のお父様に撮影してもらいました。少々恥ずかしかったです。
今まででもっともインパクトがあったらしく、沢山の方から絶賛の声をいただき、調子に乗ると同時にプレッシャーを感じてしまうようになった作品です。
【Illustrator】
2004年 サル年

前年がインパクト勝負であったことから、地味に抑えないと小林幸子みたに飽きられると夫婦で相談した結果、来年はサル年であることを念頭に6月位にはイメージを固めた作品です。
地味ですが、深〜いメッセージを込めた作品として自画自賛しています。
【Photoshop】
2005年 トリ年

隔年でわびさびをつける為、今年はインパクトで勝負と思い夫婦で構想を練った作品です。もちろん、トリ年がモチーフです。ポテトの袋を作ったりと新たな手法を取り入れていますが、既存のチラシに画像処理して乗せただけと思われてちょっと残念でした。でも、好物のケンタッキーフライドチキンを1年に2回も食べることができて(1回は誕生日)僕的には幸せでした。
【Photoshop、Illustrator】
2006年 イヌ年
まだなにも考えていませんが、そのうち夫婦の共通の問題として議題に上がるでしょう!